
東南アジアに位置するミャンマー。
「アジア最後の楽園」と称されるなど、世界中から非常に注目されている国の一つです。 この記事では、ミャンマーの国家としての成り立ちや文化、環境について紹介していきます。
ミャンマーとは?
「ミャンマー」という国をご存知でしょうか。
ミャンマーは、東南アジアの国の一つで、インド・中国・タイ・ラオスと4ヵ国の国境と接する位置にあります。 以前は「ビルマ」と呼ばれていましたが、1989年に「ミャンマー」と呼ばれるようになりました。
国民のほとんどが仏教徒

ミャンマーでは、約9割近い国民が仏教徒です。
(参考にした記事:https://www.google.com/amp/s/www.nippon.com/ja/japan-topics/c06201/amp/)
朝晩、お祈りする習慣があり、寺院やパゴダは国民にとって身近な存在といえます。 お参りの際にはルールが決まっており、境内は原則裸足、肌の露出が多い服は避けなくてはいけません。ミャンマーに行く際には、お参りの方法についても調べておいたほうがいいでしょう。
ミャンマー人には名字がない
驚くことにミャンマー人には名字がありません。そのため、名前はすべてフルネームで呼ぶことになります。
同じ家族であっても、全員が異なる名前というのは、私たち日本人にとって違和感がありますよね。 さらに興味深いことに家族を判別するために、個人を特定する大切な書類には父親の名前もあわせて記入するようになっているそうです。
ミャンマーでは子どもの頭を撫でてはいけない
愛着の意味を込めて、子どもの頭をついつい撫でてしまう方は多いのではないでしょうか。
日本では「頭を撫でる」というのは、子どもをほめる際の仕草としても知られていますよね。
ミャンマーでは、頭には精霊が宿ると考えられており、相手が子どもであっても頭を触るという行為はタブーとされています。 ミャンマー旅行の際には、かわいい子どもを目の前にしたとしても、くれぐれも頭を撫でてしまわないようにご注意ください。
ミャンマーは親日国として知られている
ミャンマーは親日国として知られています。
なぜ、親日国と言われているのでしょうか。
その理由は戦時中にさかのぼります。
第2次世界大戦中のさなか、日本兵はミャンマー(ビルマ)でイギリス軍と激戦を繰り広げるも敗走。厳しい戦いの中、ミャンマー兵が日本兵を援助したとされています。
また戦後、日本では食糧難に陥りましたが、その際もミャンマーが米を配給してくれました。
戦後でミャンマーも大変な状況だったにもかかわらず「日本を助けたい」と思うミャンマー人の優しさから、親日国と言われるようになりました。
現代では、ミャンマーの若者の間でアニメや映画など日本の文化に興味を持つ人が多く、日本語学校で学ぶ生徒も増えています。
(参考にしたURL:https://www.google.com/amp/s/www.nippon.com/ja/japan-topics/c06201/amp/)
「アジア最後の楽園」と称される理由とは

近年、ミャンマーが「アジア最後の楽園」として世界中から注目されるようになりました。
その理由についてみていきましょう。
経済的成長の期待度が高い
リーズナブルでおしゃれなファストファッションを好む女性は多いのではないでしょうか。
ファストファッションといえば「メイド・イン・チャイナ」のイメージが強いですが、実は近年ミャンマーの工場でも生産を担っています。
また、家電や自動車のメーカーなどもミャンマーに進出しています。
そのことを知ると、ミャンマーをより身近に感じられるのではないでしょうか。
その背景には、中国での人件費が高騰しているということもありますが、ミャンマー人は手先が器用で細かい作業を得意とする上に、何より丁寧に作業を行うため世界中から需要が高まっています。
美しい自然が豊富
発展途上国として進化を遂げるミャンマーですが、美しい自然が豊富な国でもあります。
近年、アジアの観光地としても注目されるようになりました。
とくに、「ガパリビーチ」はアジア有数のビーチの中でも、世界中から毎年多くの観光客が訪れるほど、有名な観光スポットとして人気を博しています。
また、仏教の教えにより笑顔を絶やさないミャンマー人の人柄も、ミャンマーへの旅行者が増えている理由なのかもしれません。 寺院などの文化だけではなく、自然や人柄も楽しめるミャンマー。一度訪れてみたいですね。
まとめ
ミャンマーは、文化と美しい自然が楽しめる地としてだけではなく、経済的成長の伸びしろがある国としても近年世界中から注目されています。
しかし、ミャンマーで起きたクーデターにより、情勢は混乱。これにより、ミャンマーへの進出をあきらめる企業もあったといいます。
世界からの企業進出により経済面が成長してきたミャンマーにとって、このクーデターで生活が一変してしまうことにもなりかねません。
日本にとっても、今後の経済を左右するといっても過言ではないでしょう。
歴史から見てもミャンマーとの結びつきが強い日本でも、いまミャンマーに何ができるのか考えていきたいですね。 1日でも早くミャンマーに以前のような安定した日々が訪れるよう、国際協力を促していく必要がありそうです。
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